体調を記録するアプリを作っている。
雨が降る前に調子が落ちる、という話を何度か聞いた。気圧のせいかもしれない、と本人も言う。
当たっているのかどうかは、私には分からない。引っかかったのは別のところだった。仮に当たっていたとしても、それを確かめる手立てが本人の側にない。
思い当たる日のことは覚えている。けれど、思い当たらなかった日のことは覚えていない。残っているのは「そう思った日」だけで、比べる相手がいない。
それなら、並べて見られるようにしてみようと思った。
確かめようとして、まず間違えた
気圧の下がり方は、二つの見方で持つことにした。前の日と比べてどれだけ下がったか。その日の六時間のうちで、最も大きく下がった幅はどれくらいか。
作ってしばらく経ってから、後者が一度も動いていないことに気づいた。
原因は符号だった。前日比は、下がると負の数になる。一方で六時間の落差は「下降幅」なので、下がるほど正の数で大きくなる。同じ気圧の話なのに、二つの値で向きが逆だった。
私はそれを取り違えたまま、条件を書いていた。画面にはその項目が並んでいて、見た目には何も壊れていない。ただ、中では一度も当てはまっていなかった。
まずいのは、動いていなかったことではない。その間ずっと、確かめたつもりでいられたことだ。
軸を増やすほど、問いがぼやけた
最初は、日照時間も、気温も、曜日も並べた。材料が多いほど何か見つかりそうに思えた。
実際は逆だった。並ぶものが増えると、どれを見ればいいのか分からなくなる。何か言えそうな気配だけが増えて、問いのほうが薄まる。
結局、気圧の二つと天気の三区分だけ残して、あとは外した。「気圧が下がった日はどうだったか」。答えたい問いを一つに決めたら、要るものは少なかった。
半分は、言わないための線だった
見比べられるようにすると、次に困るのは言い過ぎだ。
三日ぶんの記録で差が出たように見えても、それはまだ何でもない。どの群も四日ぶん溜まるまでは、何も出さないことにした。差そのものにも下限を置いて、小さい差は「差があるとは言えない」で止める。
相関係数は出さないことにした。0.3 という数字が一人歩きするくらいなら、無いほうがいい。
確からしさの段階は、中では持っている。けれどそれも画面には出さない。「参考程度」と書いたところで、読む側には何の助けにもならない。出すか出さないかを決めるためだけに使う。
文章を組み立てる側にも、使わない言葉を並べた。「でしょう」「しそう」は予報になる。「のせいで」「が原因で」は、因果の断定になる。どちらも、このアプリが引き受けられる範囲の外にある。
作ったものを数えてみると、半分は「言わない」ための判断だった。確かめる道具を作るというのは、言えることを増やす作業ではなく、言えないことの線を引く作業だった。
記録アプリがなくてもできること
気圧と自分の調子を見比べてみたい人のために、アプリの話を抜きにして、先に必要になることを書いておく。
その日の天気を、ひとことだけ添える。 「雨」「晴れ」で足りる。気圧はあとからでも調べられるが、その日の自分はあとから調べられない。
そう思わなかった日も書く。 「今日は気圧のせいかも」と思った日だけ残すと、そう思った日ばかりが並ぶ。比べる相手がないと、それが多いのか少ないのかが分からない。
ひと月は待つ。 数日のあいだには、雨の日は数日しかない。そこで何かが見えた気がしても、それはまだ何でもない。
見えなかったときに、見えなかったと思えるようにしておく。 これがいちばん難しい。関係が無さそうだという結果も、同じだけ役に立つ。
最後に
私が作っているのは、この見比べを代わりにやるアプリだ。毎日ひとこと答えると記録が残り、その日の気象と並べて見られる。